ここでは、学術雑誌に掲載された感染研の研究者の論文や報道等のあった研究成果の要約を公開することで、感染研が行っている研究業務を紹介していきます。
Kitamura K, Fukano K, Que L, Li Y, Wakae K, Muramatsu M.
J Gen Virol. 2022; 103: 001732
https://doi.org/10.1099/jgv.0.001732
抗ウイルス因子APOBEC3タンパク質群は、ウイルスゲノムにC-to-Uの変異を導入することが知られている。DNAウイルスであるB型肝炎ウイルスは、感染した細胞の核内でcccDNAと呼ばれる環状DNAを形成し、これがウイルス複製の基点となっている。本研究では、肝細胞へのインターフェロンγ刺激によってAPOBEC3タンパク質群が発現上昇し、cccDNAのウイルス複製能を低下させるほど高頻度の変異を誘導していること、しかし一方で、細胞の持つDNA修復因子UNGがこの変異を除去していることを、培養細胞を用いた実験系で明らかにした。肝細胞内での両者のバランスが、ウイルスゲノム遺伝情報の破壊あるいは多様性に影響する可能性が示唆された。
本研究はAMED、JSPS及び武田科学振興財団の研究助成を受けて実施された。
Ishii H, Nakamura-Hoshi M, Shu T, Matano T.
ウイルス表面膜蛋白質を標的とした抗体誘導はワクチン開発における重要な戦略であるが、エンベロープウイルスによっては表面膜蛋白抗原構造を維持したワクチン設計が課題となる場合がある。本研究では、HIVおよびヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV)由来の表面膜蛋白質(Env)を用いた新規抗原EnvFを構築し、EnvF抗原を搭載するセンダイウイルス(SeV)粒子ワクチンを開発した。EnvF抗原はSeV粒子に効率的に取り込まれるとともに、Env三量体構造を認識する抗HIV中和抗体により認識され、EnvFが三量体抗原標的を提示しうることを明らかにした。また、動物実験で、EnvF発現SeVおよびEnvF搭載SeV粒子の接種により抗Env抗体が効率的に誘導されることを明らかにし、本プラットフォームがウイルス感染症に対する抗体誘導ワクチン開発において有用であることを示した。
Ishii H, Nomura T, Yamamoto H, Nishizawa M, Hau TTT, Harada S, Seki S, Nakamura-Hoshi M, Okazaki M, Daigen S, Kawana-Tachikawa A, Nagata N, Iwata-Yoshikawa N, Shiwa N, Suzuki T, Park ES, Maeda K, Onodera T, Takahashi Y, Kusano K, Shimazaki R, Suzaki Y, Ami Y, Matano T.
Cell Rep. Med. 3: 100520, 2022
現行の新型コロナワクチンは、スパイク抗原(S)に対する中和抗体反応誘導を目的とするものであるが、中和抗体抵抗性S変異株の出現によりワクチン有効性が半減することが問題となっている。T細胞誘導効果も期待されているが、その感染制御効果は明らかとなっていなかった。本研究では、動物実験にて、S以外の抗原(N、M、E)を発現する経鼻ワクチンの新型コロナウイルス感染制御効果を解析した。その結果、ワクチン接種群では、経鼻チャレンジ後の鼻咽頭ぬぐい液中ウイルス量が有意に低下し、その感染制御効果はワクチン誘導CD8陽性T細胞反応と相関することが明らかとなった。本研究成果は、ワクチン誘導CD8陽性T細胞の新型コロナウイルス感染制御効果を初めて示すものであり、S変異株に対するワクチン開発に結びつくことが期待される。
Tomomi Kimura-Someya, Miyuki Kato-Murayama, Kazushige Katsura, Naoki Sakai, Kazutaka Murayama, Kazuharu Hanada, Mikako Shirouzu, Yuichi Someya
FEBS Open Bio, 2022, 12(3), 560–570.
https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2211-5463.13370
ノロウイルスはヒトのウイルス性胃腸炎の主たる原因ウイルスであり、その感染には組織血液型抗原(HBGA)が重要と考えられている。GI.9ノロウイルスはGIノロウイルスの中で最も新しい遺伝子型である。VLPを用いてHBGA結合アッセイを行ったところ、GI.9ノロウイルスはABH抗原ではなく、ルイス抗原に結合することが明らかになった。更に、ルイス抗原存在下でVP1キャプシドタンパク質のPドメイン領域のX線結晶構造解析を行い、ルイス抗原中のルイスフコース(α1–3/4フコース)残基が主にPドメインに認識されることを見出した。このことからルイス抗原がノロウイルスの感染成立に極めて重要であることが示唆される。本研究の成果はノロウイルスに対する治療薬やワクチンのデザインに有用と期待される。
Ryutaro Kotaki†, Yu Adachi†, Saya Moriyama†, Taishi Onodera†, Shuetsu Fukushi, Takaki Nagakura, Keisuke Tonouchi, Kazutaka Terahara, Lin Sun, Tomohiro Takano, Ayae Nishiyama, Masaharu Shinkai, Kunihiro Oba, Fukumi Nakamura-Uchiyama, Hidefumi Shimizu, Tadaki Suzuki, Takayuki Matsumura, Masanori Isogawa, Yoshimasa Takahashi († These authors contributed equally)
Science Immunology (2022), DOI: 10.1126/sciimmunol.abn8590
mRNAワクチン2回接種後に、オミクロン株に対して中和活性を有する抗体が記憶B細胞に保存されていることを見出しました。今回の発見により、3回接種やブレークスルー感染によってオミクロン中和活性をもつ抗体が血液中に産生されるメカニズムの解明につながることが期待されます。
オミクロン株は多くのアミノ酸変異によりmRNAワクチン2回接種後に誘導される血液抗体から強く逃避しますが、3回接種やブレークスルー感染後の血液にはオミクロン中和抗体が誘導されることが報告されています。本研究では、mRNAワクチン2回接種後に誘導された記憶B細胞を取り出し、この細胞に保存されている抗体を解析しました。すると、中和活性をもつ抗体のうち、約30%の抗体がオミクロン株への中和活性を保持していることを明らかとしました。ワクチン3回接種やブレークスルー感染後には、これら記憶B細胞が反応してオミクロン株に対する中和抗体を血液中に産生する可能性が示唆されます。
本内容はAMEDの研究支援を受けて実施しました。
Tsuyoshi Hayashi, Kosuke Murakami, Junki Hirano, Yoshiki Fujii, Yoko Yamaoka, Hirofumi Ohashi, Koichi Watashi, Mary K Estes, Masamichi Muramatsu
mSphere. 2021 Dec 22;6(6):e0062321.
https://journals.asm.org/doi/10.1128/mSphere.00623-21
doi: 10.1128/mSphere.00623-21.
ヒトノロウイルス (HuNoV) は、嘔吐、下痢などを主症状とするウイルス性の感染性胃腸炎の主要病原体である。公衆衛生上重要な病原体であるが、有効な治療薬・予防薬は存在しない。
我々は、幹細胞から作製した腸管エンテロイドを用い、HuNoVを試験管内で安定的に増殖させる系を確立した。本研究では当該培養系を駆使して、326種の化合物のHuNoV増殖に対する阻害能を評価した。その結果、C型肝炎ウイルス治療薬として開発されたダサブビルがHuNoV増殖を効果的に抑制することを示した。また、当該化合物は、ヒトロタウイルス、および新型コロナウイルスの腸管エンテロイドでの増殖も抑制した。本研究の成果が、今後のHuNoV治療薬開発において重要な知見となることが期待される。
本研究は、JSPSおよびAMEDの研究支援を受けて実施された。
Iwata-Yoshikawa N, Shiwa N, Sekizuka T, Sano K, Ainai A, Hemmi T, Kataoka M, Kuroda M, Hasegawa H, Suzuki T, Nagata N
Science Advances Volume 8, Issue 1, January 2022
COVID-19のワクチン開発における安全上の懸念の1つに「ワクチン関連呼吸器疾患増強現象」が挙げられますが、これは感染動物モデルにおいて好酸球性の免疫病理として特徴付けられており、Th2に偏った免疫応答と感染防御に不十分な中和抗体誘導に起因するとされています。今回研究グループは、SARS-CoV-2マウス継代株を用いて、感染動物モデルを確立し、新規ワクチンの有効性とワクチン関連呼吸器疾患増強現象のリスクを検証するための新しい評価系を開発いたしました。近交系マウスを用いるこの評価系の利点としては、免疫から感染に至る一連の宿主応答に関するTh1/Th2バランス等の免疫学的評価、SARS-CoV-2抗原特異的抗体価と中和抗体価等の評価を容易にし、さらに、感染後の疾患増強のリスク評価が可能となったことが挙げられます。よって、この感染動物モデルは現在までに進められてきたCOVID-19ワクチン開発において、その設計思想が正しいことを証明するだけでなく、さらには安全性の高い次世代COVID-19ワクチン開発や新規治療法開発、COVID-19の病態を理解する上で新しい知見をもたらすことが期待されます。
本研究は、AMEDの研究支援を受けて実施いたしました。
Yanzhao Zhang, Seiya Ozono, Takuya Tada, Minoru Tobiume, Masanori Kameoka, Satoshi Kishigami, Hideaki Fujita, and Kenzo Tokunaga.
Microbiol Spectr. 2022 Jan 12:e0061821.
https://journals.asm.org/doi/10.1128/spectrum.00618-21
DOI: 10.1128/spectrum.00618-21
我々は以前、宿主膜蛋白質MARCH8が水胞性口炎ウイルスGおよびHIV-1エンベロープのウイルス粒子への取込みを阻害する抗ウイルス宿主因子であることを報告した(Nature Medicine, 21:1502-7. 2015, eLife, 9:e57763, 2020)が、今回、様々なウイルスエンベロープ糖蛋白質に対するMARCH8の抗ウイルス活性を検討した。狂犬病ウイルスG、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスGP、SARSコロナウイルス及び新型コロナウイルスのスパイク、ロスリバーウイルス及びチクングニアウイルスE2の各細胞質領域にあるリジン残基が、MARCH8の標的となってユビキチン化され、ダウンレギュレーション後にリソソーム分解されること、さらに一部のウイルスエンベロープ糖蛋白質はMARCH8のチロシンモチーフ依存的にダウンレギュレーションされることを明らかにした。本研究結果はMARCH8が幅広い抗ウイルススペクトラムを有することを示すものである。
Eita Sasaki, Hideki Asanuma, Haruka Momose, Keiko Furuhata, Takuo Mizukami, Isao Hamaguchi
PLoS Pathog. 2021 Aug 30;17(8):e1009890. doi: 10.1371/journal.ppat.1009890.
アルミニウム塩は、ワクチンの有効性を増強させる”アジュバント”と呼ばれる添加物として、古くから使用されている。しかしながら、粘膜免疫におけるアルミニウム塩による自然免疫活性化機構は十分に明らかにされてこなかった。
本成果では、経鼻接種ワクチンでアルミニウム塩が自然免疫を活性化する新しい分子機構として,肺胞上皮細胞の細胞死によって放出されるインターロイキン (IL)-33を介した免疫制御機構を見い出した。放出されたIL-33は、2型自然リンパ球や抗原提示細胞の活性化などにより、抗原特異的なIgA抗体産生を誘導することが明らかになった。これらの成果は、IL-33が経鼻ワクチンにおけるアジュバント作用に重要であることを示しており、今後のアジュバント設計における重要な知見となりうると考えられる。
Masateru Hiyoshi, Naofumi Takahashi, Youssef M. Eltalkhawy, Osamu Noyori, Sameh Lotfi, Jutatip Panaampon, Seiji Okada, Yuetsu Tanaka, Takaharu Ueno, Jun-ichi Fujisawa, Yuko Sato, Tadaki Suzuki, Hideki Hasegawa, Masahito Tokunaga, Yorifumi Satou, Jun-ichirou Yasunaga, Masao Matsuoka, Atae Utsunomiya, Shinya Suzu.
PLOS Pahogens. 2021 Nov 29;17 (11): e1010126. https://doi.org/10.1371/journal.ppat.1010126
ヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-1)は、一度感染すると生涯にわたって体内から排除されず、感染者の数%に成人T細胞白血病(ATL)等を発症させます。
私たちは、HTLV-1感染には感染T細胞が発現するM-Secが重要であることを明らかにしました。注目すべきことに、M-Secは正常T細胞では発現せず、HTLV-1によってT細胞で異常に発現されて細胞の性質を変化させます(図中の1〜3)。また、私たちが独自に見いだしているM-Sec機能阻害剤NPD3064はHTLV-1感染を抑制しました。今後、NPD3064のHTLV-1の薬としての可能性を更に検証していきます。